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地質教材研究
「足羽三山の地質と笏谷石(しゃくだにいし)について」

吉澤 康暢
福井県教育研究所研究紀要,第69号,111-118貢,1976年3月別冊に加筆補填

 

X 笏谷石について

 

 笏谷石は、足羽山の笏谷付近を中心に産出する良質の火山礫凝灰岩で、笏谷凝灰岩層に含まれるものである。足羽山の郷土歴史博物館に展示してある古境から発掘された石棺は、笏谷石を加工したものである。したがって、その採掘の起源は五世紀前後と考えられる。その後、大規模に採掘が行なわれたのは江戸時代で、現在では3社のみが深い縦坑で3〜4人の労力で採掘を続けている。

 現在の採掘の方法は、笏谷凝灰岩の表面から縦坑を掘り、第16図にみられるようなチェンソーに似た機械を使って石材を切り、良質の石材にゆきあたると10m×10mの広さの部屋を作り、第17図のように、水洋かんをたべるように一段ずつ切り取って真下に掘りすすんでいる。

 

 笏谷石は、やわらかい、きめが細い、加工しやすい、火に強い、色が美しいなどの長所を持っている。現在では、墓石、神社の玉垣、敷石などに最も多く利用され、昔は石垣、火鉢、灯ろうなどにも利用されていた。福井市の新庁舎工事の際に発見された北の庄城の石垣、現在の福井県庁のお堀の石垣も笏谷石である。また各地の石仏や、足羽山頂の継体天皇の石像も笏谷石を加工したものである。

 


 笏谷石は第18図のように採掘業者の間では「雲」といわれる特異な堆積物によって数回の堆積サイクルに区分される。主に岩石の色と、石材としての質の良否で分類されている。青手とは淡緑青色を呈する石材で、黒手とは灰紫色の石材のことである。各柱状図の横への対比は、あくまでも推定であって多数の断層によって、ブロックごとに水平または上下方向にずれているので、単純に対比することはむずかしい。

 

第18図 地下の笏谷石の柱状図

 

 「雲」は第19図、および第20図にみられるように、下部から上部へ順に「雲」、ベカ、粟オコシ状の部分、ベカに区分される。したがって「雲」には狭義の「雲」と広義の「雲」があることになる。ベカの部分は中粒凝灰岩で、「雲」は礫が層理面に平行につぶれた部分で、淡赤紫色の凝灰角礫岩である。礫は1〜7cmの軽石で上部ほど礫径が大きくなる傾向がある。粟オコシ状の部分は、白色の良く粒のそろった3〜5mmの軽石粒からなる軽石凝灰岩で、その白い薄層は良く目立ち、連続性がある。特にはっきりした境は、ベカと粟オコシ状の部分の下との間である。そしてこの境目は冬期間の凍結によってはくりしやすい部分でもある。この「雲」の上下は火山礫凝灰岩にぜん移している。以上のことから、いわゆる「雲」といわれる部分の一部は水底堆積物と考えられる。また笏谷石のそのほとんどが陸上の火砕流堆積物と考えられることから、「雲」は堆積サイクルの境目と思われる。

 

第20図 「雲」の構造説明図

 

 

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