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お堀の灯りとは

《 目 次 》


■ 趣旨 ■
■ 「福井城址お堀の灯り」趣旨
■ 2021年度 開催内容
 『鎮魂の灯り』を 灯し続けて12年。


■ 順化地区万霊供養塔について
■ 献灯台について
■ 歴史を受け継ぎ、新たな文化を創造する県都

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■ 歴代ポスター等 ■
■ 歴代ポスター・パンフレット・チラシのページへ 
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■ 歴代のサブテーマ 、ご紹介(2011年〜2020年
■ 2014年、5周年記念・写真コンテスト 入賞作品、ご紹介
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■ 趣旨 ■
 約400年前、初代福井藩主結城秀康公が築かれた福井城は、今も笏谷石の石垣と水を湛えるお堀が残る城址として全国的にも珍しく貴重な史跡とされており、近年、御廊下橋や福の井が復元され、天守台に至る階段も整備しライトアップもされて、県内外から訪れる人も多くなっています。また2018年には、山里口御門の復元、中央公園の整備も完成いたしました。

 一方、昭和20年7月の福井空襲や昭和23年6月の福井地震では、多くの人々がお堀に難を逃れようとして亡くなっています。

 「福井城址お堀の灯り」は、福井城址およびその周辺で、ろうそく等によるライトアップをおこないながら、築城以来の往時を偲び、空襲や震災などで亡くなった人々を鎮魂し、市民ぐるみで新たな福井のまちづくりを推進するものです。

  お堀の灯り




■ 2021年度開催内容
  『鎮魂の灯り』を 灯し続けて12年。 ■


2021年度


       
 

2021年度、第12回  「福井城址お堀の灯り」は、
今年も新型コロナ感染拡大防止の為に規模を縮小しての開催となります。
令和3年(2021年)7月17日(土)~24日(土)17:00~21:00まで
御本城橋 から山里口御門(御廊下橋)まで の お堀の中に
福井空襲と福井震災で亡くなられた方々への『鎮魂の灯り』の 輪灯を浮かべます。

今年から開催日数が、約1週間となりましたので、お近くにお越しの際は<どうぞ福井城址のお堀の水面に映る美しい「慰霊の輪灯」をご覧ください。

実行委員会では、主旨である福井空襲・福井震災で「亡くなられた方々への慰霊」は毎年、行いたいと考えておりますので、今年2021年も昨年2020年同様に密集、密接を避けながらの「灯り」の準備・点灯を行いますが、開会式・ステージ・飲食関係等は一切行いませんので、ご理解とご了承頂けますようお願い申し上げます。

 
灯り配置図2021
    ※上記、画像をクリックすると拡大します。






■ 順化地区万霊供養塔について ■



 「順化地区万霊供養塔」は、昭和42年8月に福井城址内の御本城橋のたもとに、戦災、震災によるお堀の犠牲者供養のために建立されましたが、その後諸事情により足羽山西墓地公園の一隅に移転されました。その後、この供養塔に合祀される範囲を広げて、不慮の交通事故により亡くなられた方、順化地区に有縁の故人の霊をも慰め供養するようになりました。

 建立以来、毎年10月には慰霊祭を行ってまいりましたが、参加者の高齢化が進み、西墓地では遠いため、集まるにも難しい状況となりました。地元の多くの方々から「順化地区万霊供養塔」には、戦災、震災時にお堀で亡くなった人々を祀っているので、2015年(平成27年)の戦後70年を機に、ゆかりの場所としてお堀の付近に戻してほしいという要望が出てきました。

 そこで、福井市の了承や地区の皆様からのご寄付などのご協力を頂き、平成27年10月、順化小学生徒登校門横の順化緑地内(福井神社所有地)に移設いたしました。今後も多くの地区の方々の参列のもと、盛大な供養が地区行事として継承されていきます。

 2016年(平成28年)からの順化地区万霊供養塔 法要は、「福井城址お堀の灯り」開催日の午後に行われる様になりました。


建立書幕式
順化地区万霊供養塔 建立除幕式 昭和42年8月27日

供養塔in足羽山
順化地区万霊供養塔 (足羽山西墓地への移転当時)

2011年頃の供養塔01
西墓地にあった頃の順化地区万霊供養塔




■ 献灯台について ■
 福井城址お堀の灯りでは、御廊下橋の近くに、福井空襲や福井震災などで亡くなられた人々への“祈り”とともに、未来へのメッセージを書いて捧げる“希望の灯り”の 献灯台を設けています。
 今年2021年と昨年2020年は、新型コロナ感染拡大防止のため規模を縮小しての開催となりますので、献灯台は設けておりません。

  2018年献灯台


 福井市は、昭和20年から23年の3年間で、戦災(空襲)、福井地震、水害が重なり、福井の街は壊滅しましたが、これらの災禍を乗り越え、再び三たび立ち上がった福井市民の努力は、まさに不死鳥(フェニックス)の姿にも似ていることから、不死鳥が福井市民及び福井市のシンボルになっています。

   ■福井空襲/昭和20年(1945)7月19日
   ■福井震災/昭和23年(1948)6月28日





■ 歴史を受け継ぎ、新たな文化を創造する県都 ■
 中央公園周辺では、福井城址と中央公園の一体性を高める公園整備が行われました。
 石垣の遺構を公園デザインに活かし、歴史が感じられ、緑の多い開放的な公園を整備しました。また、これまで整備してきた天守台跡や御廊下橋,福の井との連続性を活かして、その導線上にある山里口御門も今年2018年に復元、完成いたしました.

山里口御門整備

中央公園周辺整備イメージ

   資料提供/県都デザイン戦略